ぼたん姫(子安神社)

昔々、屋代の里の一本柳の館に、 浜田大膳安利という殿様がいました。  大そう情深い人で、 里人から親のようにしたわれていましたが、 どうしたことか四十をすぎる年になっても子供がありません。  殿様は奥方と二人で毎日子供がほしい子供がほしいと話あっていました。 ある日、奥方が殿様に向かって、「亀岡の文殊様におまいりすると、何でも願いごとがかなうそうですが、いかがでしょう。  私達も子供がさずかるように文殊様にお願いしたら。」 といいました。  殿様はぽんと手をうって、 「あっ、そうだ。それはよい考えだ。 早速二人でおまいりに行こう。」  といって、それから二人はおしのびで文殊様へおまいりに行きました。  亀岡の文殊様というのは、 今から約千二百年前に徳一上人というえらい坊さんが開いたともいわれ、 日本三文殊の一つにかぞえられている尊いお寺です。  

殿様と奥方は、体を清め、食べ物をたって、 文殊様の奥にこもり、 七日七夜の間、  一心ふらんに、 「どうぞ、私共によい子供をおさずけください。」 といのりました。   こうして七日目の夜ふけのことです。  二人はつかれのために、 ついうとうとしていると、 お堂の奥がきらきらとかがやき、 紫の雲がたなびきはじめました。  はっ、 として見ると、 紫の雲の中から唐獅子にのった文殊様があらわれました。 「これこれ浜田大膳、  お前達は子供のないのをかなしんで、 七日七夜も願をかけているのはふびんなことじゃ。  それにお前達は、 いつも里人をかわいがり、 よく里をおさめているのも見上げた心がけじゃ。  その日頃の心がけによって、 お前達に今子供をさずけてやるぞ。」  といって、 手に持った満開の牡丹の花で二人の頭をなでました。  殿様はありがたさに胸をうたれ、 お礼をのべようとしたら、 目がさめました。  殿様はこれは不思議な夢を見たものだと思って、 そばの奥方を見ると、 奥方も今夢からさめたばかりでした。  奥方は殿様に今見た夢の話をしました。  不思議なことに、それは殿様が見た夢と同じものだったのです。   このことがあってから間もなく、 奥方は玉のような女の子をうみました。  殿様や奥方のよろこびはもとより、 里人まで 「おらが殿様にお姫様がうまれた。」 とよろこび合いました。  殿様はこの姫に、 牡丹でなでられてうまれた子だからといって、 牡丹姫と名をつけました。  牡丹姫はその名のように美しくすくすくと大きくなりました。  美しいばかりでなく、 六、七才の頃には、 大人もおよばない歌をよみ、 琴をひくようになりました。 気だてがやさしく情深いので、 里人からは、 「お姫様、 お姫様」 といってしたわれました。  

こうして一本柳には平和な年月がたちました。  姫はますます美しくなり、 まるで輝くばかりでしたので、 隣国はおろか遠い国からまで、 「どうかお嫁にください。」 といってくる殿様達がたくさんいました。  姫が十八才になった時、 大へん困ったことがおこりました。  それは、
一本柳の北にある竹の森の館にいる八館という殿様から、 ぜひお嫁にほしいといってきたのです。  それだけなら何んのこともないのですが、 ほとんど同じ時に、 東の方の二井宿の館にいる志田義次という殿様からも、 ぜひお嫁にほしいといってきたのです。   一本柳のの殿様は困ってしまいました。  奥方といろいろ相談しましたが、 よい考えがうかびませんでした。  竹の森の殿様も、 二井宿の殿様もどちらもけっしてゆずりません。  どこまでもお嫁にしたいと何度も何度も使いをよこすのです。 そして最後には竹の森と二井宿の戦いになりそうになりました。  一本柳の館でも、 今はどうすることもできません。  これも戦いの準備をしなければならなくなりました。 
「姫や、 ほんとうに困ったことになりましたね。」  殿様は牡丹姫にむかっていいました。  「お父さま、 私のことからとんでもないご心配をおかけしてほんとうにすみません。  それで、 私からお父さまにお願いがあるのですが。」  姫はかなしそうにいいました。  その様子を見ると殿様はもう何もいうことができなくなり、 「何だね、 そなたのいうことなら何でもかなえて上げるよ。」  といいました。  
姫は 「ほっ」 とため息をついて、 「私はお父さまお母様の所にいるのが、 一番幸せですが、 でも私がここにいるかぎりこの屋代の里には争いがたえません。 それで私は決心いたしました,, , , , , , , 。      お話によると、 私は亀岡の文殊様からさずけられた子だということですが、 今私が竹の森と二井宿のどちらにお嫁にゆけばよいのか、 文殊様にお聞きし、 そのお教えにしたがった方がもっともよいと思います。 お父さまもどうぞその通りにしてください。」

 

殿様もなるほどと思い、 早速文殊様にお願いすることになりました。  心のやさしい牡丹姫は里人のなんぎをすくいたい気持で一ぱいでした。 館の奥の間にひきこもり、 つめたい水で体を清めて、 「どうぞ、 人々を戦いの苦しみからおすくいください。  そして私のすすむ道を
お教えください。」 と一心にいのりました。  すると、 何所からともなく紫の雲がながれきて、 その中から文殊様があらわれました。
「心配するでない。 二井宿に行け。」 といって東の方を指さしたと思うと、 たちまち姿をけしてしまいました。
こうして牡丹姫は二井宿の館の志田義次のお嫁になりました。  それからは屋代の里も平和になり、 里人はたのしくはたらくことができるようになりました。  この牡丹姫が安然大師というえらい坊さんの母だともつたえられています。

                                         原話  高畠町露藤  安部 名平次  (置賜の民話より)

高畠町泉岡の鈴沼から子易神社をのぞむ

牡丹姫の話は外に「東置賜郡史」と「高畠町史」にも書かれております。